男と女の能力差についての本を探してみたが、腑に落ちるものはない。常に肝心なところをぼやかしているものがほとんどだ。的確に指摘すると、社会問題になるからかもしれない。だからアニキは推論でゆく。男が優れている能力もあるし、女が優れている能力もある。さらに、それぞれの個体差もあるから、言い切れないのが本音だろう。
アニキは女の創造力が男よりも低いとは思っていなない。新規開拓などの仕事は男の方が向いているというが、それも本当にそうであろうか?ヤクルトおばさんや保険のおばさんの新規受注率は男をはるかに上回るということからも、一概に言えないのではないかと思うのだ。
アニキは思う、男が持っている身体的能力以外は女の方が上であると。実は、男が優秀だとされる創造性や新規開拓などの能力は、人類の歴史の中で、そうなっていったにすぎないと考える。そう見えていただけであると考えるべきだ。この根拠は女の劣等感の歴史がそのように仕向けたえと考えるのがリーズナブルなのだ。あくまで日本を舞台として検証してみたい。
女性は生まれた時から、男性に対して劣等感を感じている。自分の母親の状態を見たり、学校での男の扱いを見たりして育つからだ。特に幼少の頃の教育や環境から劣等感を潜在的に持ってしまうのが原因だ。昔の親の世代は、一家の主である親父が家の中で威張っていた時代だ。家長がすべてという時代では、親父にすべての優先権があった。風呂も一番、食事も親父が食卓に着いてから開始される。家庭のすべての行動は、「お父さんが…」という枕詞がつくぐらい親父の権限が重視された。そんな環境で育った女子は、すでに親父の絶対権力の元で、そこはおかしいとは思いながらも、「男が優先で絶対」という観念が潜在意識にすり込まれてしまう。現在でも日本の田舎の方では、長男重視の姿勢を崩さない家も多い。そこが改善されないから女性は能力に蓋をされた状態で大きくなる。
そう、女性はいくら優秀でも、心の底には「男の方が上だ」という潜在意識を持っている。それに抗うために、努力して男よりもいろんな面で優れていたとしても、この日本では最終的には男よりも評価されない。頭のいい女性は、「この国ではいくらがんばってもダメだ」と決心して海外へ出て行く。アニキは、海外で仕事をしていた時期もあり、アジアや中南米で働く多くの若い日本人女性と出会った。若い未婚の日本人女性が、単身でアジアや中南米へ乗り込んで働いている現実がある。「なんでこんな若い娘が、なんでこんな辺境の地にいるのだ?」と。企業から派遣されてきたわけじゃない。現地の言葉を流ちょうにしゃべり、現地採用で働いているのだ。話を聞くと、皆同じことを言う。「日本は男社会だから、いくらがんばってもダメだ」と。「男よりも評価されない」という。そして海外へ出て現地企業で働くと、たちまちに評価され、あっという間にマネージャーレベルになる。 女性は日本でも給料ベースが低いから、海外での給料にも不満は少ない。男と違って入り口のハードルが低いのだ。現地のローカル女性とそこでしのぎを削るわけだが、海外に出て行く気丈な女性は皆、大学卒である。学歴も意識も高いレベルにあるから、ごぼう抜き出世ができる。やったらやっただけの評価が得られ、しかも海外には男女差別はほとんどない。女性マネージャーの下にたくさんの男共の部下がいて、その指示の元に仕事をしている。日本にはない充実感がそこには存在しているのだ。