「ゆとり教育」とは、社会人になった時にプレッシャーでつぶれやすくする罠だ。あたかも、「競争は悪」だということを表に掲げ、比べない順位を付けないことが良いことのように謳っている。競争せずにみんな仲良くという雰囲気を作り出し、穏やかな心を成長させようという主旨だ。心を持ち出されると日本人は弱い。まんまと文部科学省は、その罠にはまってしまったわけだ。それが良くないことだというのは、ゆとり教育世代が社会人になって初めてわかった。だって、社会は競争だらけだ。一般社会は、「生き馬の目を抜く」とまで言われているのに、競争の免疫のないフレッシュマンが登場するわけだから、イチコロだ。大海へ船出した瞬間に、海の藻屑である。まさに瞬殺だ。競争があって日本は世界に通用する国になったのに、それをやめるというのは愚策でしかない。アニキは言う、「ゆとり教育」は、稀代の愚策であると。まあ、これで次世代のホープ達は使い物にならなくなったわけだ。アメリカはほくそ笑んでいる。
で、現役世代も邪魔だから潰しておこうという罠が、「成果主義」と「残業は悪」という観念だ。「成果主義」は、昔からアメリカなんかが推し進めてきた評価法だ。でもこれは、アメリカだからこれでいいわけで、日本人には毒である。元々アメリカ人は個人主義だ。個人の能力で成果を出す。一方、日本人はチームで成果を上げる。アメリカは「個人で個」だが、日本は「チームで個」だ。チームの団結が強固であり、それがあたかも個に見える。それで日本は成長してきた。個人とチームじゃ、どっちが力があるかって、言わずもがなだよな。こいつが、アメリカにとっては邪魔だったから、やめさせたかったのだ。なのに、日本の企業はどんどん成果主議を導入した。ちょうどリストラが流行っていたから、渡りに船だった。成果重視のため、日本お得意のチームワークが乱れて、個人がバラバラになった。そのため、チームでの成果が残せなくなり、企業のパワーが格段に落ちた。アメリカの思うツボである。そのことに気づいた日本企業は今、成果主義が緩くなっているよな。
「残業は悪」も同じだ。日本人はサービス残業がお家芸だ。それは、仕事は日本人にとって「道(どう)」だからだ。道(どう)の話は、過去ブログ「日本人の偉大さ」に詳しく書いてあるから、時間があれば読んでくれ。で、これがアメリカ人には煙たくてしょうがない。お金をもらわずに働く人種とは、脅威なのだ。そうなると、企業のパワーはとどまるところを知らない。日本を世界のトップに押し上げたのは、サービス残業だ。こいつはやめてもらわないといけないと、アメリカは考えたわけだ。「残業代不払い問題」や「ブラック企業」というかけ声で、マスコミを動かした。それで、火が付いてしまった。「正当な残業代は請求してもいいんだ」という事に気づかせたのだ。そして経営者には、「部下が残業しなければならないのは、管理職の仕事の配分が悪いからだ」と、いうことをそそのかした。
そうして日本企業はサービス残業ができなくなり、企業のパワーは次第になくなっていった。